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【歴史雑学】オリーブの木とオリーブオイルにまつわる歴史と雑学

1511月 | 17 【歴史雑学】オリーブの木とオリーブオイルにまつわる歴史と雑学
オリーブオイルには豊かで長い、驚くべき歴史があります。その上、素晴らしい食材であるだけでなく興味深い事柄に溢れています。台所に常備されているオリーブオイルは、あなたが料理でふんだんに使ってくれるのを待っています。これから私たちのこの愛すべきオリーブオイルの知られざる秘密を解明していきます。ますますオリーブオイルが好きになることでしょう! 歴史を通して  平和の象徴とされてきたオリーブの木...

【驚愕!】ローマ帝国の食事を支えたスペインのオリーブ畑

0310月 | 17 【驚愕!】ローマ帝国の食事を支えたスペインのオリーブ畑
「西ローマ帝国全土に最も多く存在していた、もしくは最も典型的だったアンフォラはバエティカのオイルが入ったものでした。ベルギー、ゲルマニア、スイスを含むガリア、全ブリタンニアでアンフォラが出土しています。流通の港であるアレクサンドリア(エジプト)にもたどり着いたオイルは、そこからインドの東沿岸部のアリカメドゥなどの遠地にまで運ばれていました」遥か2000年も昔、グアダルキビル川岸で作られたオイルが詰まったアンフォラは、8000キロも離れた遠いインドまで旅をしていたのです! しかし、最高級のオイルは世界の中心、ローマへ。『帝国、皇帝、胃袋を制して政治権力を掌握。ローマの社会平和を維持するためには食品を安く提供することが必須でした。つまり、ローマはバエティカのオイルに依存していたということです」レメサル教授と彼のチームが何年もかけて調査中の、今日ではモンテ・テスタッチョとして知られる当時の巨大な廃棄場所がこの事実を顕著に表しています。教授曰く、「この山は完全に人口の山で、アンフォラの残骸のみによって形成されています。また、現在の大きさは周囲約1キロ、高さは約50メートルですが、当時は現在よりもずっと大きかったのです。つまり、ここはごみ収集場だったということです。現在、アウグストゥスの時代から紀元後3世紀までに帝国の首都で消費されていた80%から85%のオリーブオイルがバエティカ産のものであったと見込まれています」 「当チームの地質学者が重量を測り、体積を求めました。約50万トンのテラコッタがあるので、それらをアンフォラ一本のおおよその重量である30キロで割ると、約2千5百万本のアンフォラが今尚蓄積されている計算になります。その数字にオイルの重量である70キロを掛けると、175万トンのオイルがあった計算になります。つまり、テスタッチョに現在ある遺物をもとに計算すると、250年間の50万人の食事にオイルが使われていたことになります」...

【ローマ帝国の歴史】オリーブオイルとローマ帝国の密接な関係

0310月 | 17 【ローマ帝国の歴史】オリーブオイルとローマ帝国の密接な関係
スペインは世界の170カ国以上にオリーブオイルを輸出しています。世界に190カ国強の国々が存在していることを考慮に入れると、地球上のほぼあらゆる場所でスペイン産オリーブオイルを目にすることができるということになります。 そう考えると、例えば、イギリス人がイングランドとスコットランドの境界線近くにあるノーサンバーランド州のとあるスーパーマーケットに行ってスペイン産エキストラバージンオリーブオイルを購入したといっても誰も驚かないでしょう。しかし、今から2000年も前に同じ州に住んでいた誰かもスペイン産オリーブオイルを使った食生活を送っていたという話になったら、どうでしょう? 作り話なんかではありません。この事実にたどり着いた経緯がまさにエキサイティング。実は、イギリスにあるこの遠い州にローマ帝国のヴィンドランダ要塞跡があります。紀元後85年にハドリアヌスの長城を警備する目的で建設されたこの重要な要塞は、ローマ帝国の北の国境を防衛するための駐屯地でした。それにしても、バエティカ(現在のアンダルシア州の大部分を含む地方)のオリーブオイルがローマ帝国の兵士たちの食生活に欠かせないものだったということが2000年経った今、どのようにして判明したのでしょうか?それは、これらの油を輸送していた『容器』の遺物(216リブラ(古代ローマで使われていた単位)=約70キロが収容可能なオイル用のアンフォラ)が出土したからです。...

人類の歴史におけるオリーブオイル(パート1)

242月 | 17 人類の歴史におけるオリーブオイル(パート1)
オリーブオイルが他の植物油と違う点は、他の植物油が種から油をしぼるのに対し、オリーブオイルはオリーブの実から油をとるというところ。アセイテ(油)は、アラビア語のオリーブの実の果汁、az-zaitを語源とします。さらに、数千年も昔にホメロスがオリーブオイルを黄金の液体と呼んでいたことは特記する点といえます。以来、オリーブオイルは地中海食の中心的要素のひとつ。しかも、現在知る限りでは、地中海食は最も健康に良い食事法の一つなのです。地中海食は2012年にはユネスコの無形文化遺産として認定されています。 恐らく、数千年も前に地中海周辺地域に住んでいたローマ人、ギリシャ人、フェニキア人がオリーブの木を栽培し始め、オリーブの実から採れる果汁が使えることを発見し、オリーブオイルを使用始めたのではないかと考えられています。しかし、オリーブやその実、そしてオリーブオイルが、現在と同じように重要な産物となったのは古代ギリシャの頃のこと。だからこそ、これらのモチーフがコイン、または古の墳墓に永遠の命の象徴として刻まれたわけです。偶然ではないのです。 オリーブの木とその実とオリーブオイルの興味深いデータがあります。それは、ある時期オリーブの枝葉の冠がオリンピックゲームの参加者に与えられていたこと。さらに、勝者に与える冠を形成する枝の一部は、両親が健在である12歳の男子が純金のナイフで切りとったものだとか。...

人類の歴史におけるオリーブオイル (パート2)

043月 | 16 人類の歴史におけるオリーブオイル (パート2)
  今回の投稿の第一部では古代ギリシャのお話をしました。オリーブオイルの歴史において、とても重要な次の時代はローマ帝国期です。当時スペインはイスパニアと呼ばれ、最も繁栄した地でした。 現代のオリーブオイルを理解するには、オリーブオイルの栽培と運搬の技術を改善したローマ人は必要不可欠な存在。またローマ人達はイスパニア産のオリーブオイル、具体的にはバエティカ産(現在のアンダルシア州)のオリーブの実とオリーブオイルの最大の消費者だったのです。イスパニア産オイルは、その品質の高さから帝国内で高く評価されていました。ローマ時代、イスパニアは3千万以上ものオリーブオイル入りアンフォラ(油壺)を輸出し、そのうち、ローマには定期的に何千本もが運ばれていたと推測されています。...

【ギリシャとオリーブオイル】オリーブオイルは古代にさかのぼる宝物

237月 | 15 【ギリシャとオリーブオイル】オリーブオイルは古代にさかのぼる宝物
スペインでは、260種以上のオリーブの品種が栽培されており、この事が、オリーブオイルの歴史も最古のものと思われがちですが、その真実は、 オリーブオイルの歴史は中東で、私たちの国から遠いところから始まりました。オリーブは、今から何千年も前に地中海沿岸全域で生産、消費が始まりました。 すでに、古代ギリシャでは、オリーブオイルがが経済の主役となっていました。ギリシャ人はオイルが持つ、その価値を認識し(美食を追い求めただけはありません)そして、ギリシャ人は、オイルの生産とその販売を...

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